加工の最適化を図るAI技術搭載の研削盤開発NEDOプロジェクトが開始
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は人工知能(AI)技術の社会実装を進めるプロジェクト「次世代人工知能・ロボットの中核となるインテグレート技術開発」において、機械学習の自動化などの開発期間の短縮と容易な利用・導入を可能にするプラットフォームの構築を目的に、新たに3件の研究開発テーマを採択した。このうち、作業判断支援を行うAI技術として「最適な加工システムを構築するサイバーカットシステムを搭載した次世代研削盤の研究開発」が採択。熟練者の思考をグラフデータ化して最適な加工システムを導出し、熟練者の感覚をセンサーが捉えるマシンの挙動と加工変化に置き換えて数値化することで、加工の最適化を行えるAI技術を搭載した研削盤を開発する。
ここでは、サイバーカットシステムの創案者で本研究開発プロジェクトをマネージする理化学研究所 大森素形材工学研究室 主任研究員の大森 整氏に話を聞いた。
NEDOプロジェクトへと至る研究の背景とモチベーション
「2007年問題(団塊世代の一斉退職に伴う技能伝承問題)」目前の2006年、産業技術総合研究所(産総研)とともに、属人的な加工技術・技能をテンプレート化して蓄える仕組みを研究開発する「技能継承プロジェクト」に取り組んだ。3年を費やし構築したこの仕組みにより、若手技術者が速やかに一定のレベルの加工ができるようになることが実証された。
未知の工作物に対し過去の事例を参照し加工条件出しを効率化してトライアンドエラーを低減させるこの仕組みは、その手順が診察・診断・診療の医療行為に例えられ「加工プロセスカルテ」と命名、一層の高度化を目指すプロジェクトへとつながった。東京都市大学・亀山雄高 准教授とは同氏の大学院時代からこれらプロジェクトを通して密に連携を続け、2016年からの産総研とのチャレンジ研究を通して加工技術・技能を抽出する「技能デジタイザー」の研究に取り組んだ。
技能デジタイザーは技能継承プロジェクトでも提唱していたが、超高齢化や労働力の減少などの「2050年問題」という、より深刻な社会情勢を前に、加工技術・技能の抽出と継承を人の手を極力借りずに行うコンセプトが生まれた。
サイバーカットシステム、C-Xプロモーションの概念と、有用性、社会実装
技能デジタイザーの研究では、オペレータによる作業実況と加工状態のモニタリングによって加工条件を自動的に更新でき適正な加工を行える「サイバーカットシステム」の開発を進めた。当研究室の上原嘉宏テクニカルスタッフと連携して、このシステムを独自開発したデスクトップ加工機に搭載した。この基本システムによるデータを解析して重み付けを行う研究につなげようとしているが、これには当研究室の春日 博テクニカルスタッフが学位論文の研究として進めていた手法や機械学習の応用があり、これらを統合してオーガナイズする仕組みを「サイバーマイスター」と呼んでいる。
こうした一連の研究により、イレギュラーな工作物を加工する場合や工具状態が突然変わる場合も、加工を失敗なく進められるといった有用性が期待される。
加工を対象とするサイバーカットシステムの上位概念として、人工物と人間の感覚をリンクしてものづくりを高度化し広範なものづくりとAIとの接点を探索する活動へとつないでいく行為を「C-Xプロモーション」と呼ぶ。ものづくりは加工作業にとどまらず、材料や工具の選定、段取り、ブログミング、加工結果の評価、組み立てなどの一連の作業はすべて、人工物と人間とのインタラクションによって成り立つ。
二つの概念のいずれも、動的に条件を調整していく「手技」を含めて人間が何を考えてそうしたのかを可視化し分析して蓄積し、新規の案件の備えとするプロセスが必須となる。こうした考え方を現実のものづくり活動に可能なところから社会実装していければ、無駄を省いて効率化・高度化でき、我が国における超高齢化や人口減少の問題に対応できると期待される。
NEDO研究開発プロジェクトの概要と方向性、期待
2018年12月にナガセインテグレックス・長瀬幸泰社長の要請で、ミクロン精密・榊原憲二社長、シギヤ精機製作所・鴫谷憲和社長、牧野フライス精機・清水大介社長に参集いただき、理研 和光研究所内で勉強会を行った。勉強会では上述の技能継承プロジェクト、加工プロセスカルテ、技能デジタイザーの話題を提供するとともに活発な議論がなされ、これを受けて当研究室が中心となり五つの組織でNEDOプロジェクトに提案することとなった。
私が創案したサイバーカットシステムは上述のように、データの重み付けにより適正な加工条件を自動更新できるシステムだったが、再チャレンジにあたり、北海道大学・山本雅人教授らのAI技術を取り入れる形として拡張されている。今回採択されたプロジェクト「最適な加工システムを構築するサイバーカットシステムを搭載した次世代研削盤の研究開発」はこうして、北海道大学が加わった六つの組織でスタートすることとなった。
本プロジェクトは私の創案したサイバーカットシステムの概念をベースに、上述の機械メーカー4社がAIを搭載した研削盤を作ることを目指している。産総研とのチャレンジ研究では、今後我が国に訪れる社会を想定して技術・技能の受け手を人から工作機械へと転換することを提唱した。これが実現できれば我が国の工作機械やものづくりの歴史において大きな一歩になり、これをAIの力を借りて行うことが期待されている。一方、“AIは足りない情報を補うためのアルゴリズム”という基本に則って全体の効率を損なわないよう本当に必要な部分へと応用することが重要で、これを見出すことも、本プロジェクトの狙いと考えている。