理化学研究所( http://www.riken.jp )は、新しいn型※1有機半導体として注目されているフッ化フラーレン(C60F36)※2分子を、電極材料である金(Au)の単結晶上に均一かつ単分子の厚さの膜で形成することに成功し、その膜が化学的に安定したn型の性質を維持することを発見した。
シリコンなどを材料とした無機半導体にはn型とp型※1の性質をもつ材料が必須だが、炭素を基本骨格とした有機半導体でも同様だという。しかし、現在提案されているn型有機半導体は、バンドギャップ※3が1~3エレクトロンボルト(eV)と小さく化学的に不安定で、しかも均一な分子膜を形成することが困難な分子が多いため、電子だけを高速に輸送することができなかった。
特に、金属電極や他の分子と接触させてデバイスにするとき、接触と同時に分子の性質が変わってしまうこともあり、層界面を分子レベルで制御することが求められていた。
同研究所の清水智子基礎科学特別研究員ら研究グループは、化学的に安定な金電極上に、電子を引き付ける能力が非常に高いフッ化フラーレン分子を真空内で蒸着し、形成した単分子膜の構造と電子状態について走査トンネル顕微鏡(STM)※4と走査トンネル分光(STS)※5で観測した。その結果、蒸着後に100℃程度で加熱するだけで、フッ化フラーレンは最も安定化するよう自己組織化※6し、すべての分子が同じ方向を向いた均一な単分子膜を形成することが分かった。さらに、その分子膜はn型の性質を示すだけでなく、一様に5.6eVという大きなバンドギャップを持つことから、従来よりも優れたn型有機デバイスの実現の可能性を示唆した。高性能・高機能な有機半導体デバイス開発のための材料選択や新規分子合成のための指針を提供するものと期待できる。
※1 n型 p型
半導体には、電子(マイナス電荷)を輸送するn型と、ホール(プラス電荷)を輸送するp型の半導体がある。無機半導体の場合、シリコンなどの半導体にごく微量の不純物を添加することでn型やp型が作成できる。有機半導体の場合は、不純物を添加しなくても、分子自体が持つ電子を引っ張る性質や電子を与える性質を用いれば、それぞれn型やp型として機能する。
※2 フッ化フラーレン(C60F36)
サッカーボール型のフラーレンC60にフッ素を36個修飾した分子で、丸みを帯びた正四面体の形をしている。フッ素原子が強い電子吸引性を持つため、電子を引っ張る能力がフラーレンよりも高い。
※3 バンドギャップ
電子が存在できないエネルギー帯。バンドギャップ以上のエネルギーを与えると、電子とホールが生まれ電気が流れる。有機半導体の場合、バンドギャップが大きいほど、化学反応が起きにくいため、安定した材料となる。
※4 走査トンネル顕微鏡 (STM)
先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を原子レベルの空間分解能で観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。
※5 走査トンネル分光(STS)
STMで見ている試料の所望の場所に探針を固定し、局所的な電子状態を調べる手法。フェルミ準位より上の被占有状態(伝導体)と下の占有状態(価電子帯)の両方を計測することができる。
※6 自己組織化
自分自身である規則を持った構造を作り出し、自然に組織化していく現象。自律的な秩序形成過程。