ナノ科学シンポジウム2022が開催
ナノテクノロジーとSPMに特化した「ナノ科学シンポジウム(NanoScientific Symposium Japan 2022 : NSSJ2022)」が11月18日に、東京都文京区の東京大学 工学部2号館での対面参加およびオンライン参加からなるハイブリッド形式により開催された。主催は関東学院大学材料・表面工学研究所(高井 治 所長)と東京大学大学院 機械工学科 機械工学専攻 薄膜とトライボロジー研究室(崔 埈豪 准教授)とで、協賛はパーク・システムズ・ジャパンとNanoScientific、ヤマトマテリアル、ワイエイシイテクノロジーズ、後援は日刊工業新聞社とメカニカル・テック社。
本シンポジウムは、走査型プローブ顕微鏡を用いた 材料科学、半導体およびライフサイエンス分野の最先端の研究情報を共有・交換するSPMユーザーシンポジウム。2020年から開催され、3回目となる今回では以下のとおり講演がなされた。
・特別講演「マイクロ・ナノスケールでのロボット技術とバイオメディカル応用」新井史人氏(東京大学 工学系研究科 教授)…マイクロ・ナノスケールのロボット技術は①分析目的、②実験目的、③医療目的などに有用なツールと見られている。本講演では、ロボット技術をベースにセンサーやアクチュエーターを搭載し、単一の細胞を対象とした計測・分離操作の自動化や、微量な液体サンプルを扱うことが可能なマイクロ流体チップシステム「オンチップ・ロボットシステム」の概要と、オンチップ・ロボットシステムを活用したバイオメディカル分野での計測事例などを紹介した。
・「導電性金属酸化物薄膜内キャリア輸送を探る・操る」山本哲也氏(高知工科大学総合研究所 教授)…本講演ではワイドギャップ酸化物薄膜の高速キャリア輸送を目的に、原子間力顕微鏡(パーク・システムズ製NX-10)による測定を用いた設計的な制御例をもとに、多結晶薄膜における結晶子間配向性の制御の有効性を開設した。NX-10による数nmでの構造物性の解析をもとに結晶子間配向や表面特性の制御を行うことで、キャリア輸送の向上や改善につながることが確認された。
・「非晶質炭素膜を帯電材として用いた高耐久性高効率すべり型摩擦発電機の開発」崔 埈豪氏(東京大学 工学系研究科 准教授)…本講演では、低摩擦性・高誘電率のDLC(ダイヤモンドライクカーボン)ベースの薄膜を帯電材として用いて開発した、高効率・高耐久性の滑り型摩擦発電システム(TENG)について紹介。ケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)を用いて各種帯電材の表面電位や仕事関数を計測した結果、水素含有DLC膜(H-DLC)が正極材として有用で、フッ素含有DLC膜(F-DLC)が負極材として有用なことを、またTENGとしての出力評価・耐久性評価を行った結果、正極材H-DLCと負極材PTFEの組み合わせが表面損傷なく高出力が得られたことを報告した。
・「The Frontier in Nanotechnological Solution―From Mechanical to Various SPM Analysis―」Sang-Joon Cho氏(Park Systems)…本講演では、AFMプラットフォームと白色干渉計(WLI)および光誘起力顕微鏡(PiFM)を組み合わせたハイブリッド計測装置とその可能性について紹介した。SPMは他の計測装置に比べて特に高さや幅などの形状情報や物理情報をダイレクトで取得できるなど多くの特徴を有するが、開発した新しいハイブリッド計測装置では、AFMとWLIとの複合化によるAFMの高分解能の解析機能を有する広い領域の3Dイメージングと、PiFMによる材料の化学分析が可能になりナノスケールでの化学組成分析も合わせた情報量の多い解析結果が得られることを報告した。
・「AFMによる粘弾性計測の可能性」中嶋 健氏(東京工業大学 物質理工学院 教授)…ナノレオロジーAFMでは、標準装備の圧電スキャナーとは別に、高周波数帯域のピエゾアクチュエーターを導入、これを外部から駆動することで最大6桁に及ぶ周波数帯域での測定が可能になる。本講演では、ナノレオロジーAFMによるナノ粘弾性測定において、微小振動中の接触面積の周波数依存性を考慮した解析法を独自に導入することで、レオメーターによるマクロ粘弾性測定と同等まで定量性を向上させたことを報告した。
・「オペランド電位計測によるエネルギー変換・蓄積デバイスの評価」石田暢之氏(物質・材料研究機構 博士)…講演者は、光照射下や充放電動作中などのデバイス動作状態で直接評価を行う「オペランド電位計測」として、ナノ~原子スケールで物性観察が可能なSPMと破断や研磨によってデバイス内部を断面に露出させて測定を行う「断面計測技術」とを組み合わせた手法を開発している。本講演では、表面電位を計測する手法であるKPFMを用いて、次世代のエネルギー変換・蓄積デバイスであるペロブスカイト太陽電池や全固体リチウムイオン電池のオペランド解析事例を紹介した。電池動作時のイオンや電子の動きを解析するには、電池性能を保った状態で断面試料を作製し、電位計測を行うことが重要とした。
・「走査型イオン伝導顕微鏡を用いた時間分解力学計測によるがん細胞解析」渡邉信嗣氏(金沢大学 ナノ生命科学研究所 准教授)…本講演では、プローブと試料とが直接接触せずに極めて脆弱な細胞の力学特性を計測できる走査型イオン伝導顕微鏡(SICM)の高速イメージング技術を用いて、がん細胞表層の経時変化を計測し、悪性度が高く高転移性を有する細胞は転移性が低い細胞や良性腫瘍細胞には見られない細胞表層の活発な変動が見られ、それら細胞の弾性率が有意に減少していたことや、SICM計測データから遺伝子型がおおよそ分類できることを紹介。また、細胞表層の力学特性計測から得られる情報が、がん細胞の転移能を予測できる可能性などを示した。
・「一次元遷移金属カルコゲナイドの成長と評価」宮田耕充氏(東京都立大学 理学部 物理学科 准教授)…遷移金属とカルコゲンから構成される遷移金属カルコゲナイド(TMC)は、その多彩なナノ構造と物性より,近年大きな注目を集めている一方で、その多量合成や構造制御が重要な課題となっている。本講演では、化学気相成長(CVD)を利用して高い結晶性を持つTMC細線からなるナノファイバーの大面積薄膜(多量合成)を実現したことを報告した。また、AFMや電子顕微鏡の観察によって、TMC細線が成長基板に依存して二次元的な単層・二層のシート構造や三次元的な束状構造など様々な集合状態を形成することや、TMC細線が金属的な高い電気伝導特性や異方的な光学応答を示すことなどを紹介した。
・「Beyond 5G/6Gに向けた電子デバイスと表面処理技術」盧 柱亨氏(関東学院大学 材料・表面工学研究所 教授)…Beyond 5G/6Gに向け重要なウェアラブルデバイスにおいて、講演者は薄膜で良く曲がる樹脂フィルム基板の上に、曲げ耐性が強く電気抵抗が低い銅の薄膜や回路形成などを無電解めっき法で形成することに成功しているが、同薄膜の密着性向上で必要とされる後工程のアニーリングにおいて、恒温槽や電気オーブンで行う従来手法では耐熱温度が低い樹脂フィルム材料では十分なアニーリングができないという課題があった。本講演では、樹脂への熱ダメージを抑制しつつ銅薄膜表面のみにアニールを施すことが可能な新開発手法「フラッシュランプ・アニーリング法」について紹介。従来法に比べて銅薄膜との界面を平滑に保ちながら銅の結晶性改良の効果が期待されることや、透明フィルム部分に光が透過することを利用し裏面照射を試み効果的であったことを報告した。
当日はまた、10件のポスター発表が実施され、選考委員により最優秀賞1名、優秀賞2名が以下のとおり選考された。
◆最優秀賞
・「ナノ層状リアクターの電子移動反応を利用したアゾ染料の酸化分解と反応条件の最適化」佐藤 匠氏(関東学院大学工学研究科 友野研究室)
◆優秀賞
・「ナノレオロジー原子間力顕微鏡によるナノ粘弾性測定の定量性の向上」樫森康晴氏(東京工業大学物質理工学院 中嶋研究室)
・「パルス電流を用いたスルファミン酸Ni浴による高速めっきの検討」莫 凡氏(関東学院大学材料・表面工学研究所)