ナノ科学シンポジウム2023がハイブリッド開催
ナノテクノロジーと走査型プローブ顕微鏡(SPM)に特化した「ナノ科学シンポジウム(NanoScientific Symposium Japan 2023 : NSSJ2023)」が10月27日に東京都文京区の東京大学 浅野キャンパス 武田ホールで、対面参加とオンライン参加からなるハイブリッド形式で開催された。主催は関東学院大学材料・表面工学研究所とパーク・システムズ・ジャパンで、協賛はNanoScientificとヤマトマテリアル、Ark Station、後援は日刊工業新聞社とメカニカル・テック社。
科学技術の革新によりナノ科学では材料、表面を計測・解析する方法も各種発展している。特に、SPMの登場により、 ナノレベルでの表面計測・解析の基礎技術としての重要性が日々増している。ナノ科学シンポジウム(NSSJ)は、走査型プローブ顕微鏡を用いた 材料科学、半導体およびライフサイエンス分野の最先端の研究情報を共有・交換するSPMユーザーシンポジウム。2020年から開催され4回目となる今回は、以下の登壇者による講演のほか、ポスター発表がなされた。
・特別講演「ナノテクノロジーとナノ原子(=水素)考察」西 和彦氏(日本先端工科大学(仮称))…注目される水素を作るナノテクノロジーの着想点として、粒子の大きさを小さくし総表面積(反応面積)を大きくする、反応温度を上げる、反応気圧を上げるという化学反応の加速や、究極の水素ビジネスである水を還元して水素にする還元剤の研究、水素を貯蔵・デリバリーするナノカプセルの生成のほか、常温核融合もどき、常温超電導の周辺、元素間融合など、ビジネスになる理論・実学の追求を目指し新設する日本先端工科大学(仮称)の研究分野の一端を紹介した。
・「AFMナノインデンテーションによる1次元グラフェン歪み格子の作製」田中悟氏(九州大学)…グラフェンに歪み(勾配)を加えると発生する「擬磁場」は電子の運動を仮想的に表す「場」であるが、実際の電子はあたかも磁場下にあるような運動を行う。この擬磁場を周期的に形成することでランダウ量子化,無磁場の量子異常ホール効果の観察が期待されるが、そのためには1・2次元周期歪みグラフェンの形成が必要となる。ここでは1次元歪み格子の実現のため、AFMナノインデンテーションによるSiC表面への周期的ナノトレンチ構造の形成とグラフェン転写による歪みの導入を試みた結果を議論した。
・「SPM技術を用いた全固体電池の評価」富沢祥江氏(太陽誘電)…全固体電池のサイクル特性やレート特性などの性能向上を図る上で、効率的・効果的な解析技術が不可欠となる。全固体電池の詳細な動作解析を行う目的でSPM装置を導入した。SPM技術の中でもケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)による電位分布評価は、電池を駆動させながら(operando計測)、電極内部の電位変化を可視化できるため、不良箇所を特定したり、正負各極の動作メカニズムを詳細に解明したりできる強力な手法である。ここではKPFM以外にも、SPMを活用した材料物性の評価事例、全固体電池デバイスの解析事例を紹介した。
・「3D Heterogeneous Integrated System Chip Technology」G.P. Li 氏(カリフォルニア大学 )…ここでは、将来のエッジシステムとして、統合センシングやワイヤレス通信、AIデバイスを支える3Dヘテロジニアス集積システム(3D HIS)チップ技術を取り上げた。3D HISはムーアの法則を超える半導体のナノエレクトロニクスを実現する。提案された3D HISチップ技術の研究は、相対的な人認知機能を模倣する多機能3Dシステムの開発に注がれていると述べた。
・「薄膜デバイスにおける巨大磁気回転効果」能崎幸雄氏(慶應義塾大学)…マクロな回転運動から磁気を生み出す磁気回転効果は、約100年前にアインシュタイン、ドハース、バーネットによって発見された。しかし、キロヘルツオーダーの高速な回転運動でも地磁気程度の微弱な磁気しか生み出せなかったため、これまでその応用研究はほとんど行われてこなかった。講演者は、最新のナノテクノロジーを駆使することにより、薄膜デバイス内にギガヘルツオーダーの超高速な回転運動を生成し、巨大な磁気回転効果を生み出すことに成功した。当日は、磁気回転効果の基礎とその薄膜デバイス構造を概説し、磁気回転効果のデバイス応用についてその可能性を語る。
・「AFM Methodologies for Quality Assessment of Lithium-ion Battery Electrodes」Seong-Oh (Jake) Kim氏(Park Systems)…リチウムイオン電池 (LIBs) はスマートフォンやノートパソコン、EVなどのポータブル蓄電デバイスとして広く使われている。LIBs のnmスケールでの形態と電気特性との相互作用を理解することは、LIBs の性能と品質管理の進歩の上で極めて重要となる。ここでは、AFMを用いてLIBs の電極材料の分析を実施、LIBs のカソードとアノードの活材料の役割や、バッテリーの容量と電力に及ぼすそれらの影響を浮き彫りにした。
・「ダイヤモンド半導体デバイスの作製とインチ径ウェハの成長メカニズム」嘉数 誠氏(佐賀大学)…ダイヤモンドはバンドギャップが5.47eVのワイドギャップ半導体で、絶縁破壊電界、熱伝導率、キャリア移動度が高く、シリコン、シリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)を超える大電力・高効率パワー半導体として期待されている。ここでは、サファイア基板とMgO基板を用いた場合を比較し、ダイヤモンドの初期成長表面をAFMで観察し、結晶品質を決める成長機構を調べた。
・「半導体光デバイスと通信・センサーへの応用」荒川太郎氏(横浜国立大学)…半導体レーザーをはじめとする半導体光デバイスは、光ファイバー通信、センシング、分光分析、加工、医療・バイオなどさまざまな分野に応用され、光エレクトロニクスと呼ばれる工学分野の中心を担っている。化合物半導体光デバイスは主にレーザーや発光ダイオード、光変調器、光スイッチなど能動素子として使用され、シリコン光デバイスも発光素子を除く能動・受動素子として使用されている。ここでは化合物半導体とシリコン光デバイスを中心に、それらの動作原理と光ファイバー通信やバイオセンサー・ガスセンサーへの応用例を紹介した。
・「AFMによる粘弾性計測の最新の展開」中嶋 健氏(東京工業大学)…AFMを用いて粘弾性計測を行う試みにはいくつかの方法がある。ここでは、それらについて概観するとともに、特に貯蔵弾性率・損失弾性率などを画像化できるナノ粘弾性計測手法(nanoDMA)について、原理と最新の展開を紹介した。例えば、フィラーと高分子マトリックスからなるナノコンポジットの界面の粘弾性について、マトリックスがゴム状態にある場合とガラス状態にある場合で界面の振る舞いが異なっている。それを可視化した最近の論文について詳しく述べた。
当日はまた、30件のポスター発表が実施され、選考委員により最優秀賞1名、優秀賞2名が以下のとおり選考された。
◆最優秀賞
・「分子応答型DNAナノポアを用いたATP計測技術の確立」赤井大夢氏(長岡技術科学大学)
◆優秀賞
・「原子層モアレ超格子直接観察用資料の作製」川瀬仁平氏(東京大学)
・「Mapping force inside living cells by AFM in response to environmentalstimli」王 洪欣氏(物質・材料研究機構)