トライボコーティング技術研究会、第16回岩木賞贈呈式、第26回シンポジウムを開催
トライボコーティング技術研究会(会長:大森 整 理化学研究所 主任研究員)と理化学研究所 大森素形材工学研究室は2月22日、埼玉県和光市の理化学研究所 鈴木梅太郎記念ホールで、「第16回岩木賞贈呈式」および「第26 回トライボシンポジウム『トライボコーティングの現状と将来』―高耐久皮膜コーティング、プラズマ応用研磨技術、SDGs対応砥石・加工技術―(通算第150 回研究会)」をハイブリッド形式で開催した。
岩木賞は表面改質、トライボコーティング分野で多大な業績を上げた故・岩木正哉博士(理化学研究所元主任研究員、トライボコーティング技術研究会前会長)の偉業を讃えて、当該技術分野と関連分野での著しい業績を顕彰するもの。トライボコーティング技術研究会が提唱して2008年度に創設、未来生産システム学協会(FPS)が表彰事業を行っている。
第16回となる今回の岩木賞では、神戸製鋼所が業績名「AIP法による高Al含有立方晶AlCrN皮膜および装置の開発」により事業賞を、大阪大学 孫 栄硯氏が業績名「ビトリファイドボンド砥石とフッ素系プラズマを用いたドレスフリー研磨法の開発」により優秀賞を、宮崎大学 大西 修氏が業績名「次世代のマルチレンジ対応型加工プロセスを目指す純氷ブロック砥石の提案と研究開発」により奨励賞を受賞した。
切削工具向けの代表的な皮膜であるAlCrN皮膜は、皮膜中のAlの含有量が多いほど耐酸化性に優れ、高速切削や高切込みなどの難加工条件に適しているが、皮膜の金属元素の内概ね65at%以上とAl含有率が多くなりすぎると、皮膜構造が高硬度な立方晶から六方晶へと変化し硬度が低下するという課題があった。この課題に対して事業賞の業績「AIP法による高Al含有立方晶AlCrN皮膜および装置の開発」は、アーク蒸発源の磁場設計やプラズマ制御技術の開発、蒸発源試作や成膜実験などを行い、アーク蒸発源μ-ARC(ミューアーク)を開発、Al含有率が70at%以上であっても立方晶を維持し、マクロパーティクルも少ない高硬度かつ高面粗度のAlCrN皮膜の成膜を可能とすることに成功したもの。上記の新型アーク蒸発源や新型エッチング源、新制御システムなどを搭載し、2023年4月に発売を開始した新型PVDコーティング装置AIP-iXがすでに販売実績を持つことや、本装置で成膜される高硬度かつ高面粗度膜が、従来アーク蒸発源では難しかった小径工具といった精密な切削工具においても適用が可能であること、また、既存用途である金型や部品だけでなく、パーティクルが少ないといった利点から水素関連や電池関連新規用途への展開も期待できることなどが評価された。
受賞の挨拶に立った神戸製鋼所 久次米 進氏は、「栄えある賞を頂戴し光栄に思う。20数年ぶり以上に我々のフラッグシップモデルとなる新装置の開発ができ、今回賞をいただくことになり開発関係者一同、大いに励みになる。当社では1986年から真空成膜事業を開始、先人が積み上げてきたものを含めて今回の受賞に至ったと考えている。引き続き本業界および社会の発展に貢献できるよう取り組んでいきたい。今回の開発に多大な協力をいただいたMOLDINO様に厚くお礼申し上げたい」と語った。
SiC、GaN、ダイヤモンドなどの高硬度で化学的に不活性の難加工材料の最終仕上げ方法では、スラリーを用いたCMP(化学機械研磨)プロセスが多用されるが、スラリー研磨ではエッチピットのために表面粗さが悪化するなど多くの課題を持つ。スラリーの代わりに固定砥粒(砥石)を用いたドライ研磨法ではその課題を解決できるが、研磨中の砥粒の摩耗に起因する「目つぶれ」や、砥粒間への切りくず侵入などに起因する「目詰まり」などの問題が研磨速度低下の原因となる。ドレッシングは砥石の切れ味を回復できるが、頻繫な目直しは加工能率の低下とコストの上昇を招く。優秀賞の業績「ビトリファイドボンド砥石とフッ素系プラズマを用いたドレスフリー研磨法の開発」では、難加工材料表面に照射し改質膜を形成することで軟質化させる「CF4プラズマ」と、母材より軟質な固定砥粒を作用させ軟質層のみを除去してダメージフリーな表面が得られる「ビトリファイド砥石」の使用で、オートドレスと高い研磨レートを実現できる、完全ドライのプラズマ援用研磨法(PAP法)を提案。AlN基板のドライ研磨において、同砥石のボンド材主成分であるシリカがエッチングされ、リアルタイムに適度なオートドレッシング作用がなされ砥石の目詰まりが起こらないことや、CF4 含有プラズマの照射でAlN基板表面に除去されやすいAlF3軟質層が形成されるため、プラズマ援用ドレッシングとプラズマ改質の相乗効果により、プラズマ照射なしの場合と比べ約2倍の研磨レートが得られたことなどが評価された。
受賞の挨拶に立った大阪大学 孫氏は、「岩木賞優秀賞を受賞し、うれしく思う。今回の受賞は私一人の力ではなく師匠である山村和也教授をはじめ、共同研究者の方々に心から感謝を申し上げたい。大学発の技術を大学にとどまらず企業との共同研究を通じて社会実装し、産業に貢献できるように」と述べた。
奨励賞の業績「次世代のマルチレンジ対応型加工プロセスを目指す純氷ブロック砥石の提案と研究開発」では、結合剤として純水を凍らせた氷である「純氷」を用いた純氷ブロック砥石(PIB砥石)を開発、PIB砥石は純氷によって結合剤自体が冷却作用を持ち、かつ砥石表面から溶解・脱落した結合剤は環境に悪影響のない“水”となり、これが潤滑・切りくず除去作用を生むことで、研削油剤や研磨剤を使わない環境が構築できる。また、研削油剤・研磨剤による作業環境悪化も抑止できるほか、研削油剤・研磨剤・結合剤から工作物へのコンタミネーションの抑止にも効果が期待できる。さらにPIB砥石の製作段階で、砥石内の砥粒の粒度や分布を調整することで、一つの砥石で荒加工から仕上げ加工までとマルチレンジに対応可能といった砥石も製作できるなど、さまざまな応用が可能な砥石となる。PIB砥石が環境に悪影響を及ぼさず、荒加工から仕上げ加工まで対応可能なことや、石英ガラスやLED基板などに使われるサファイアに対して加工が可能なことなど、本砥石が実用化した際の産業界への波及の可能性などが評価された。
受賞の挨拶に立った宮崎大学 大西氏は、「研究を行うにあたり指導いただいた方々や、支えていただいた方々など関係各位に厚くお礼申し上げたい。賞に恥じぬようこれからも精進したい。引き続きご指導、ご鞭撻をお願いしたい」と語った。
贈呈式の後はシンポジウムに移行。岩木賞の記念講演として事業賞に輝いた神戸製鋼所竹井良将氏が、優秀賞に輝いた大阪大学 孫氏が、奨励賞に輝いた宮崎大学 大西氏がそれぞれ講演を行った。