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SEMICON Japan 2024

 

産総研など、脳動脈瘤治療用ステントの抗血栓性コーティングを開発

 産業技術総合研究所(産総研)生命工学領域連携推進室 寺村 裕治 連携主幹(細胞分子工学研究部門 分子機能応用研究グループ 研究グループ付)は、ジャパン・メディカル・スタートアップ・インキュベーション・プログラム(JMPR)、N.B. Medicalと共同で、脳動脈瘤治療用ステントのための新規抗血栓性コーティングを開発した。

 血液と接触する医療機器において、血栓の発生を抑制することは重篤な合併症を回避する重要な要素。血管内に異物を留置するため、ステントを使用した患者は常に血栓性合併症のリスクにさらされている。そのため抗血小板剤の服用が必須となる。また、血栓発生のリスクを低減するために、これまで多くの抗血栓性コーティングが研究されてきた。従来のコーティングは、タンパク質の非特異的吸着を抑制することで抗血栓性を発揮するという原理が主流だったという。タンパク質吸着の抑制は同時に細胞の接着を阻害することも意味する。そのため従来技術において、抗血栓性と細胞接着性はどちらかを向上させるともう一方は低下する相反関係にあった。

 一方で開発した新規抗血栓性コーティングでは原理が異なる。この技術は、血中の非凝固系タンパク質を優先的に吸着することで、ステント表面から生じる血液凝固反応が抑制される。タンパク質の吸着を抑制するのではなく制御する本技術では、抗血栓性を発揮すると同時に細胞接着性が向上している。細胞接着性の向上によって、ステントが血管に取り込まれる速度を増加する。ステントが血管内に早期に取り込まれることは、治療の早期完了を意味する。

 開発成果は、さまざまな候補分子において検証を行い、その中で3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)をステント表面にコーティングすることで、従来の抗血栓性ポリマーと同等以上の抗血栓性を発揮しつつ、細胞の接着性の向上が認められた。

図1 コーティング材料の化学構造とステント表面の模式図
図1 コーティング材料の化学構造とステント表面の模式図

 コーティングが有する抗血栓性をヒト血液との接触試験によって確認した。血液に接触させた後、ステントと血液を分析して抗血栓性を評価した。その結果を図2に示す。コーティングなしのステントは血栓に覆われているのに対し、コーティングありのステントは血栓がほとんど付着していない。また血液中の血小板数は、血小板が凝集して血栓化が進行したことで、採血直後の血液を100%とするとコーティングなしのステントと接触した血液は約50%まで減少していた。一方で、コーティングありのステントと接触した血液では血小板の減少はほとんど確認されなかった。

図2 抗血栓性の評価結果 (a)ステントの電子顕微鏡画像 (b)血液中の残存血小板比率 **p<0.01はこの結果が偶然である確率が1%未満であり、統計的に非常に有意であることを示している。
図2 抗血栓性の評価結果
(a)ステントの電子顕微鏡画像 (b)血液中の残存血小板比率
**p<0.01はこの結果が偶然である確率が1%未満であり、統計的に非常に有意であることを示している。

 さらに細胞の接着性について、従来の抗血栓性コーティングにおいて臨床で最も実績のあるポリマーコーティング(MPCポリマー)との比較を行った。ステントと同材料の基板で血管内皮細胞の培養を行った。顕微鏡で観察したところ、新規コーティングをした表面では従来コーティングをした表面よりも8倍以上多く細胞が接着していた(図3)。

図3 細胞接着の評価結果:蛍光顕微鏡観察画像
図3 細胞接着の評価結果:蛍光顕微鏡観察画像

 また、ブタによる大動物実験によってコーティングの安全性も確認した。ブタの血管にコーティングステントを1週間留置し、ブタの状態とステントを留置した血管を評価した。その結果、ブタの健康状態に異変はなく、ステントを留置した血管に異常がないことも血管造影によって確認した(図4)。

図4 コーティングステントを留置したブタ血管の画像 正常に血流が維持されている。ステントによる血管損傷や血栓の発生、コーティングによる体への影響などもない。
図4 コーティングステントを留置したブタ血管の画像
正常に血流が維持されている。ステントによる血管損傷や血栓の発生、コーティングによる体への影響などもない。

 以上の結果の通り、今回開発されたコーティングは抗血栓性と細胞接着性を両立したステントを可能にする。この技術が示した抗血栓性により、ステント治療で課題とされてきた血栓性合併症のリスクを低減する。さらに細胞接着性が向上したことで、ステントの血管内皮化を促進し、血管への取り込みが早まる可能性を示した。ステントの血管内皮化において、まず周囲の細胞がステントに接着していくことから始まる。接着した細胞は徐々に広がり、ステントを覆う。そして最終的に細胞によって覆いつくされ、ステントが血管内に完全に取り込まれることで治癒が完了する。以上の通りステント治療において、細胞接着が生じなければ治癒が開始されないため非常に重要な過程になる。細胞接着性の向上によって治癒が促進されれば治療期間が短縮化し、抗血小板剤の減薬が可能となることで患者の負担が軽減されるだけでなく医療費の削減にも貢献できる。