「トライボロジー会議 2013 春 東京」開催、DLC、固体潤滑剤の成果など発表
日本トライボロジー学会(会長:東京工業大学教授・益子正文氏)は5月20~22日、東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで「トライボロジー会議 2013 春 東京」(実行委員長:東京理科大学・野口昭治氏)を開催、固体潤滑、表面処理・コーティングなどのテーマで、203件の研究発表が行われた(内、国際フォーラム8件)。ここでは表面改質関連のトピカルな発表の一端を紹介する。
「モリブデン酸銅の高温雰囲気下における潤滑特性」廣田 剛氏、南 賢太郎氏、玉井克明氏、竹市嘉紀氏(豊橋技術科学大学)、川村正広氏(川邑研究所)…モリブデン酸銅(Cu3Mo2O9)の高温雰囲気下での潤滑性能に着目し、その性能を明らかにする目的で実験を行った。SUS304試験片およびSUH31試験片の摺動面にCu3Mo2O9粉末を塗布して摩擦試験を行ったときの各温度に対する平均摩擦係数を見ると、無塗布の場合ではどちらの試験片でも試験温度とともに摩擦係数が上昇する傾向が見られたが、Cu3Mo2O9粉末を塗布した場合では温度の上昇に伴い摩擦係数が低下する傾向となった。SUH31の硬度は、例えば700℃ではステンレスの1.7倍もあることを考慮すると、基材の硬度がモリブデン酸銅の保持などに著しく影響しているとは考えにくく、純粋にモリブデン酸銅の潤滑性が現れた結果であると解釈した。700℃で加熱した後の粉末試料のXRD回析スペクトル(Co線源)を見ると、鉄系材料を基材とした場合には金属銅と一致する回折ピークが確認されが、基材がAl2Oの場合には金属銅が確認されなかったことから、モリブデン酸銅の高温における金属銅の形成には鉄が大きく関与していると考えられる。一方、大気中でモリブデン酸銅と鉄粉末を混合して耐熱皿上で加熱した粉末からは金属銅の回析ピークは確認されなかったのに対し、真空中で加熱した場合には金属銅の形成が確認されたことから、金属銅の形成には酸素分圧も関係していると考えられる。基材間に挟まれた粉末は内部に酸素の供給が不足気味になることから、大気中での加熱にも関わらず金属銅が生成されたとすれば、摩擦面においても同様に酸素の供給されにくい箇所が発生することは十分に考えられ、量としては少ないものの摩擦中に還元反応によって金属銅が生成し、モリブデン酸銅そのものの軟化に併せて潤滑性に寄与したと考えられる。SUS304試験片の摺動面にモリブデン酸銀を塗布して摩擦試験を行った時の各温度に対する平均摩擦係数を見ると、モリブデン酸銅の場合と同様に、試験温度の上昇に伴い500℃あたりまでは摩擦係数が低下していく傾向が見られたが、 500℃以上の実験では温度の上昇とともに摩擦係数が再度上昇する結果となった。500℃以上については、モリブデン酸銀の融点を越えることから、モリブデン酸銀が溶融し、摩擦界面から大量に排出されてしまったことが原因と考えられる。
「軸受材料としてのDLCコーティングの基礎摺動特性」稲見 茂氏、図師耕治氏、櫛谷正人氏(大同メタル工業)、大原健司氏、野老山貴行氏、上坂裕之氏、梅原徳次氏(名古屋大学)…すべり軸受におけるフリクションは、通常運転時、オイルにより潤滑膜を形成することで軸と軸受の直接接触を減らし、低くできる。しかし、高面圧対応等により、すべり軸受にとってさらに過酷な環境となると、オイル粘度の低下により潤滑膜形成能力は低下し、軸と軸受の接触による摩擦発熱・抵抗が増大するため、軸受の耐焼付性が懸念される。また、ハイブリッド車やアイドリングストップシステムの適用により、エンジンの起動・停止回数は増加し、起動停止時は潤滑膜形成が難しく、軸と軸受の直接接触が増加するため、軸受の耐摩耗性が懸念され、フリクション増加も予想され軸受表面にDLC を適用して、軸と軸受の直接接触摩擦を低減することを目的に、DLCによるすべり軸受材料の耐焼付性向上(摺動面積低減によるフリクション低減)および起動時の摩擦係数低減を確認するため、DLCの基礎摺動評価を実施した。また、摺動後表面分析から、DLCの耐焼付性、摩擦特性について考察した。Cu-Sn合金上の水素非含有および含有DLCについて、①スクラッチ試験から、鉄系基材と同様の密着性を有し、直接接触による摩擦抵抗を抑制できることを、また基礎摺動評価から、DLCの耐焼付性およびDLCの起動摩擦係数は優れることを確認した。摺動後表面分析から、DLC表面には極薄膜の変化層が存在し、変化層は耐焼付性向上および摩擦係数低減に寄与すると考えられるとした。
「サーメット材料を用いた高硬度溶射皮膜の形成と組織構造評価」山田純也氏、佐藤和人氏、北村順也氏(フジミインコーポレーテッド)、榊 和彦氏、宮嶋秀周氏、加藤雅巳氏(信州大学)…支燃ガスに圧縮空気を使用するHVAF溶射において、一般的に利用されているHVOF(高速フレーム)溶射より優れた機械的特性を有する皮膜の作製を目標に、溶射粉末のタングステンカーバイド(WC) 粒子径、金属バインダー粒子径、公称粒度が皮膜特性に及ぼす影響について調査した。HVAF溶射において、CoCr粒子径を細かく、公称粒度を細かくした溶射粉末を用いることで、HVOF皮膜より優れた機械的特性を有する皮膜が得られた。一方で、HVOF同様熱劣化による耐摩耗性の低下も見られたため、今後、最適なWC粒子径や公称粒度を確認していく必要がある。また、本試験で使用したHVAF 溶射条件より低温域となる溶射条件も並行して調査する必要がある。
「グラファイト分散固体潤滑オーバレイの起動トルク低減効果」千年俊之氏、神谷 周氏(大豊工業)…固体潤滑オーバレイのさらなる低摩擦化によって、自動車の燃費低減効果が大きいエンジン軸受を開発することを目的に、低摩擦化に対する固体潤滑剤の種類の影響を実験的に検討した。固体潤滑オーバレイの摩擦特性について、(1)グラファイト分散品の起動トルクは、Al合金よりも約37%低く、MoS2分散品よりも約15%低い。(2)起動トルクを低減には摩擦係数の低減と、エンジン油の親油性の向上が有効だと考えられる、との結論を得た。
「バイポーラPBII法によるマイクロ・ナノスケールトレンチパターンへの三次元DLC コーティング」崔 埈豪氏、時岡秀行氏、朴 元淳氏、平田祐樹氏、加藤孝久氏(東京大学)…マイクロ・ナノトレンチへDLC膜を作成し、トレンチ各面(上面、側面、底面)の膜厚および膜構造を測定することで膜の均一性評価を行った。また、その結果を元に微小3次元成膜に適した成膜方法を提案することを目的とする。電子線描画装置を用いてナノ・マイクロシリコントレンチパターンを作成し、バイポーラPBII&D法を用いてDLC膜の三次元成膜を行った。その結果、(1)マイクロ・ナノスケールのトレンチ構造物への3次元成膜においては、特に側面にできる膜が平面成膜したものと比べ、膜厚・膜質が大きく異なっていることが分かった。(2)側面の膜厚に関しては、試料に印加する負のバイアス電圧を抑えることで側面へ入射するイオンが増加し、全体の均一性が改善されるという結果を得た。(3)側面の膜質に関しては、他の面と比較して、高負電圧で成膜した場合はグラファイト化の方向に結晶性が増加する。低負電圧で成膜した場合は、ポリマー化の方向に結晶性が増加する、という異なった傾向が見られた。また、この傾向は原料ガスに関わらず表れた。
「DLC被覆アルミニウム合金製ピストンの開発」熊谷正夫氏、下平英二氏(不二WPC)、加納 眞氏、堀内崇弘氏、吉田健太郎氏(神奈川県産業技術センター)…アルミニウム合金のDLC被覆には、基材の改質が必要であるという観点から、微粒子投射法によるアルミニウム合金の表面改質を行い、DLC被覆を施したところ密着性の大幅な向上が可能なことを見出した。本手法を用いて、自動二輪用アルミニウム合金(A2618)ピストンにタングステン微粒子投射処理を行いDLC被覆を施したDLC被覆アルミニウム合金ピストンならびに未処理ピストンを自動二輪に組み込み、回転数1000~13000rpmで10分間エンジンを回転し表面状態を観察したところ、未処理試料では上死点付近にスカッフィングと見られる損傷が観察された。一方、DLC被覆ピストンでは、損傷はほとんど観察されず、耐摩耗性が大幅に向上していることが確認された。本ピストンの自動二輪用4時間耐久レースや市販車への組み込みの結果でも、良好な結果が得られている。アルミニウム合金にタングステン微粒子投射による表面改質層を形成することにより、DLC被覆の密着性を向上することが可能となった。本手法を用いて、実用的な密着性を有するDLC被覆アルミニウム合金ピストンの開発に成功した。
「プラズマCVD法で成膜されたSi-CNxHy膜の油中摩擦特性」北爪一考氏、上坂裕之氏、梅原徳次氏、野老山貴行氏(名古屋大学)、不破良雄氏、眞鍋和幹氏(トヨタ自動車)…Si含有a-CNxHy膜の潤滑油中、特に境界領域おける低摩擦発現の可能性が期待されるため、本研究ではプラズマCVD法を用いた成膜時の基板バイアス電圧および温度が摩擦特性および膜に含有されるSi/C比に及ぼす影響について明らかした。Si含有a-CNxHyを油中で摩擦試験した結果、 基板冷却なしおよび負バイアス-300Vの膜において、相手材のSUJ2球表面に移着膜が形成され、μ=0.020という低い摩擦係数が示されたことが明らかにされた。
秋の大会「トライボロジー会議 2013 秋」は10月23日~25日、福岡市のアクロス福岡で開催される予定。