TTRFと大豊工業、自動車のトライボロジーで第8回 国際シンポジウムを開催
トライボロジー研究財団(TTRF)と大豊工業は4月16日、名古屋市中村区のウインクあいちで「8th TTRF-TAIHO International Symposium on Automotive Tribology 2025」を開催した。
開催のようす
「トライボロジーの自動車社会への貢献」を全体テーマに掲げる同シンポジウムは、トライボロジー研究の進展と自動車技術への応用等に関しトップレベルの情報を交換するとともに、この分野での産学連携の現状と将来の可能性を示しその強化を図ることを目的に、2016年から開催されている。8回目となる今回は 、「"Lubricants" for Adapting to Diversified Powertrains(多様化するパワートレーンに対応する潤滑剤)」のテーマのもとで、基調講演のほか、「固体潤滑剤およびグリース」と「潤滑剤」の二つの技術セッションが行われた。
開会の挨拶に立った新美俊生 実行委員長(大豊工業 代表取締役社長)は、「本シンポジウムは、学界と産業界のコラボレーションの強化によって一層のトライボロジー研究の活性化を支援していく目的で、自動車のパワートレーンに貢献するトライボロジー技術に焦点を当てて、2016年から開催している。自動車のパワートレーンにおいては、高効率化によるカーボンニュートラル実現や性能向上などが求められているが、産学連携の強化によるトライボロジー技術の一層の高度化は、フリクション低減によるパワートレーンの効率向上に寄与できる。近年のモビリティの多様化から、新しいトライボロジー課題が生まれてきている。こうした中で潤滑技術の向上が期待されており、幅広いトライボロジー研究開発が進んでいる。今回は「多様化するパワートレーンに対応する潤滑剤」と題して、2件の基調講演のほか、潤滑剤の最新研究に関する6件の技術セッションがなされる。是非ともトライボロジー研究開発の促進につながるような活発なディスカッションを行っていただきたい」と述べた。
挨拶する新美実行委員長基調講演続いて、日本トライボロジー学会副会長の村上元一氏をチェアマンに、以下のとおり基調講演が行われた。
・「The "EV(Electric Vehicle)Shift" was an Unrealistic Policy After All」藤村 俊夫氏(愛知工業大学)…自動車業界では、2016年頃からCO2削減策として「EVシフト」が叫ばれてきた。しかし、電源容量・排出係数、コスト、航続距離といった課題を分析せずに、走行中の排出ガスゼロという理由だけでEVを推進するのは危険であり、EVが近い将来にCO2削減の救世主となる可能性は低いことに、多くの自動車メーカーがようやく気づき始めている。中国をはじめとする各国の補助金廃止に伴うEV販売低迷により、EVシフトは頭打ちになったとの見方もあるが、むしろEVは「抜け出せない死の谷」に入っていると認識すべき。技術的な観点だけでなく、世界的な販売動向からも、実質的なCO2削減効果や顧客ニーズへの対応といった点において、HEVとPHEVが総合的に優れている。さらに、CO2削減は保有車両(新車・既存車)に適用され、保有車両のCO2削減目標は2019年比で2030年までに48%削減となっており、CO2削減への現実的な道筋は、HEV/PHEVの普及と、既存車両への低炭素合成液体燃料(e-fuel)やバイオディーゼル燃料「サステオ(SUSTEO)」などのドロップイン燃料の早期導入にある。一方、EVは超小型車(LSEV)と一部のプレミアムセグメントに二極化していくと見られる。HEVについては、新興国での販売拡大を視野に入れ、現行のガソリン車と同等のコストまで削減する努力が不可欠、と総括した。
・「Tribological and Reliability Considerations and New Technologies for Loss Reduction in Hydrogen Engines.」三原雄司氏(東京都市大学)…水素エンジンの燃焼ガス中には多量の水蒸気が含まれている。この水蒸気がシリンダ壁面で凝縮すると、凝縮水が潤滑油を劣化させ、摩擦損失の増大や焼付き発生の危険性が高まる。同大学では、予混合および直噴の内燃機関を用いて、水素噴射特性や燃焼室形状がブローバイガス中の水素濃度に与える影響や潤滑油の劣化について研究を進めているほか、水素燃焼時のシリンダ壁温の変化(特に冷間時等)と凝縮水の発生状況に関しては、クランクケース内に加えてピストン各部(トップリング溝/セカンドランド/セカンドリング溝)から実働中に潤滑油を採取し、水素特有の潤滑油劣化を調べる研究を進めている。潤滑油の劣化は、予混合方式/直噴式では噴射タイミングに応じて大きく異なることも予想されることから、これら劣化油での摩擦・摩耗・焼付き特性を同大学所有のエンジン軸受試験機で調べる研究も行っている。ここでは、シリンダ壁温を40℃から80℃まで変化させ、潤滑油中の水分量と成分変化を実験的に検証した結果、軽油と比較して水分量が17倍に増加し、油性状も変化することが確認されたことを報告。また、この凝縮水による潤滑油添加剤の劣化、水素特有の潤滑油性状と摩擦損失・焼付き特性の変化などの研究を紹介。さらに、エンジン油内に発生させたウルトラファインバブルが、クランクジャーナルとすべり軸受間の摩擦特性に与える影響をエンジン軸受試験機により検証し、エンジン油中のウルトラファインバブル密度とオイル粘度が摩擦低減効果に与える影響を調査した結果についても報告した。
セッション1 固体潤滑剤およびグリース続いて、協同油脂・野木 高氏をチェアマンに、セッション1「固体潤滑剤およびグリース」が以下のとおり開催された。
・「Effects of Grease Composition and Properties on Electrical Pitting Prevention for Ball Bearings」山下侑里恵氏(ジェイテクト)…BEVやHEVの利用増加に伴い、駆動系モータを支持する軸受の電食に対する懸念が高まっている。電食は、騒音、振動、そして軸受の早期損傷を引き起こす可能性があり、EVの軸受の信頼性を高めるために耐電食性の向上が求められ、EVの軸受ユニットの小型化とコスト削減からは、電食防止グリースの開発が求められている。カーボンブラック(CB)を添加したグリースを使用することで体積抵抗率の低減を目指す研究もあるが、CB添加グリースではCB粒子の凝集や構造劣化の可能性があるため、電食防止における長期的な有効性は不確実。そこで、CB添加グリースとCB無添加グリースの電気孔食寿命を、体積抵抗率、油膜厚さ、凝集防止などの要素を考慮して評価した結果、CB添加グリースは体積抵抗率が低いものの、粒子の凝集により孔食寿命が短くなることが示された。一方、CB無添加の各種ウレアグリースでは、増ちょう剤の種類や油の種類を変えても、体積抵抗率と孔食寿命の間に強い相関関係が見られた。また、体積抵抗率が低く凝集を防止する有機化フィロシリケート(OP)を配合した新規グリースは、CB添加グリースと比較して軸受寿命を2.5倍に延長した。
・「Solid Lubrication Properties of Coordination Polymers with Two-Dimensional Layered Crystal Structures」江口 裕氏(名古屋工業大学)…グラファイトや二硫化モリブデンなどの二次元(2D)結晶構造を有する無機材料は、固体潤滑剤として広く使用されている。これらの弱く積み重ねられた層状結晶構造は、せん断力によって容易に劈開され、固体潤滑性を発揮する。無機2D材料は重要な固体潤滑剤だが、化学的に安定しているため、結晶構造を変化させることで特定の用途に合わせ固体潤滑性を調整することが難しい。そこで、金属イオンと有機配位子からなる2D配位高分子(CP)を固体潤滑剤の新たな候補として取り上げ、その性能を実証した。従来の層状固体潤滑剤と比較して、2D CPは金属イオンと配位子の組み合わせを選択することで高い構造多様性を示し、その特性を容易に変えることができる。層状結晶構造を有する2種類の2D CPであるベンゼン1,4-ジカルボキシレート銅とチオレート銀の固体潤滑特性をボールオンディスク摩擦試験により評価した結果、層状構造を有する2D CPが、従来の固体潤滑剤を補完する新しい固体潤滑剤として有望な候補であることが示唆された。
・「Nanoparticles as Next-Generation Lubricant Additives: Performance and Challenges」Fabrice Dassenoy氏(Ecole Centrale de Lyon)…過去20年間、トライボロジー分野におけるナノ粒子の利用への関心が高まっており、研究により、特に摩擦低減と耐摩耗性において、ナノ粒子の優れた潤滑特性が明らかになり、自動車用潤滑油への添加剤として有望な候補となっている。この可能性は、進化するエンジン技術を支える潤滑油を開発するという課題と、一層厳しさを増す環境規制に適合させるという課題に直面している添加剤メーカー、オイルメーカー、自動車メーカーから大きな注目を集めている。本講演では、潤滑油添加剤としてのナノ粒子の性能を探り、主要なパラメータがナノ粒子ベースの潤滑油の有効性にどのように影響するかを詳細に考察した。また、ナノ粒子を潤滑油に導入した場合の潤滑メカニズムについても考察。特に、ナノ粒子ベースの潤滑油の配合における重要な側面、特に分散剤の不可欠な役割に重点を置いて紹介したほか、自動車市場におけるEVの普及拡大を踏まえ、ナノ粒子が従来の潤滑油の新たな課題にどのように対処できるかについて考察した。
セッション2 潤滑剤続いて、ENEOS・田川一生氏をチェアマンに、セッション2「潤滑剤」が以下のとおり開催された。
・「Development of Diesel Engine Oil without Metal-Based Antiwear and Detergent Additives」清水保典氏(出光興産)…厳しい排ガス規制に対応するため、ディーゼル車には排気ガス中の粒子状物質(PM)を捕集するディーゼル微粒子捕集フィルター(DPF)が搭載されているが、蓄積した煤を燃焼させるためにDPFの再生が必要で、エンジンオイル添加剤に含まれる金属灰は目詰まりを引き起こし、燃費を悪化させる。ディーゼルエンジン油中の灰分を低減する努力にもかかわらず、金属灰の存在はDPFの性能に影響を与え続け、より頻繁な再生が必要となり、ドライバーの満足度低下につながる可能性がある。そこで同社は従来の金属系耐摩耗性添加剤および清浄性添加剤に代わる、新しい無灰ディーゼルエンジン油を開発した。実験室およびエンジンテストの結果、この金属非含有エンジン油はJASO DH-2規格性能を有し、動弁系の摩耗防止、ピストン清浄性など、優れた性能を発揮することが示された。国内で実施した実車試験では、エンジン油の寿命指標として広く用いられている全塩基価がほぼゼロであるにもかかわらず、酸価や動粘度の大幅な上昇といったトラブルがなく、実用的な性能を確認した。ここでは、無灰エンジンオイルがDPF性能に及ぼす影響について紹介するとともに、エンジン耐久性試験および実車試験の結果を示し、CO2排出量削減効果を高める可能性についても強調した。
・「Development of Oil Film Forming Polymeric Additives Contributing to the Improvement of Anti-Seizure Property of e-Axle Fluid」植野和志氏(三洋化成工業)…地球温暖化防止のためCO2排出規制が強化される中、EVの普及が進んでおり、その航続距離のさらなる向上を目的に、エネルギー効率を向上させるためのさまざまな対策が求められている。例えば、モータ、インバータ、減速機を一体化した駆動モータシステムであるe-Axleは、小型・軽量であることから航続距離の延長に貢献する。e-Axleに使用するフルードについては、従来のATFではなく、e-Axleの特性に合わせた専用フルードが必要となっている。e-Axleでは、減速機の潤滑と電動モータの冷却に同じフルードを使用するため、粘性抵抗によるエネルギー損失を低減し、効率的な冷却を可能にするために、フルードの粘度を低くする必要がある。しかし、単に粘度を下げるだけでは、一般的に潤滑不良が発生し、場合によっては機械的な焼付きを引き起こすことがある。したがって、適切な添加剤を配合することで、このような焼付きを防止する必要がある。ここでは、e-Axleフルードの耐焼付き性を向上させるために開発された、新規油膜形成ポリマー添加剤の特性について紹介。この油膜形成ポリマー添加剤が鋼板表面に吸着し摩擦低減効果や耐焼付き性を発揮すること、e-Axleフルードに添加することで耐焼付き性も向上すること、有機ポリマー設計により、銅の腐食性や体積抵抗率への影響を低減することなどを示した。
・「Study of Doped-DLC Coatings in Combination with Functionalized Polymers for Enhanced Wear Resistance and Friction Reduction」Fábio Emanuel de Sousa Ferreira(University of Coimbra)…ダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティングへの金属元素の導入は、さまざまな用途における機能性向上の手段として注目を集めている。ここでは、官能化ポリマーとコバルト(Co)ドープDLCコーティングとの相互作用を探求し、それらのトライボロジー特性と耐摩耗性を解明。CoドープDLCコーティングは、深振動マグネトロンスパッタリング(DOMS)を用いて鋼基板上に成膜され、パレット数を変化させることで異なるCoドープ濃度が達成された。ボールオンディスク摩擦摩耗試験の結果、PLMA b PDMAEMAポリマーと組み合わせたCoドープDLCコーティングは、PLMAと比較して摩擦を低減し、耐摩耗性を向上させることが明らかになった。走査型電子顕微鏡エネルギー分散型X線分光法(SEM-EDS)による表面分析により、炭素を多く含むポリマー由来の転写膜の形成が明らかになり、これが摩耗速度の低減に寄与していることが確認された。CoドープDLCコーティングは、特定の官能化ポリマーと組み合わせることで、摩擦を低減し、耐摩耗性を向上させる有望な可能性を示していることから、多様な産業用途への適用の可能性が示唆された。
講演終了後は、加納知広氏(大豊工業 代表取締役技術本部長)が挨拶に立ち、講師陣や運営委員メンバーなどのシンポジウム開催への協力に対して謝辞を述べた後、「この後のレセプションにおいても情報交換や人的交流の場にしていただくとともに、次回のシンポジウムにフィードバックし、より有意義なシンポジウムに発展していけるよう、本日のご講演に関するご意見、ご感想をうかがいたい。来年4月には「9th TTRF-TAIHO International Symposium on Automotive Tribology 2026」を開催するので、その際もぜひ参加していただきたい」と述べて、シンポジウムは閉会、レセプションへと移行した。